《アフタースクールにおけるバイリンガル教育》
バイリンガル教育という枠組みの中で初めて取り組んだ試みは現地校とアフタースクールの組み合わせによるものでした。なぜならばほとんどの子供達が平日は現地校に通っており、そこで十分な英語との接触があり様々な教科を英語で学んでいるということを意識したからです。またそれまでに日本語を通して培った知識や能力のストックに加え、適正な日本語学習プログラムを整備すれば、より短い日本語学習の時間でも英語と拮抗できるバイリンガル教育が成立しうると考えました。対象としたのは中学生と高校生です。彼らは発達段階から言って相当なレベルの日本語能力を確立しております。従ってそれに相応しい高度な学力の伸長を目指す日本語学習プログラムが効果的でした。そこで学ぶ教科は日米のいずれの学校でも学ぶカリキュラムに準じたものです。あえて高度な学力の養成即ち認知力を高めることを前面に打ち出した理由は日本語で意識し考える機会を増やすことでその成果は第二言語の発達も促せるはずだと考えたからです。事実日本語で学力を伸ばすにつれて、子供達の口から直接、日本語で知っていることは英語でも理解し易いとか、あるいは現地校の勉強についていき易くなったという意見が多く聞かれるようになりました。
アフタースクールで準備した日本語学習プログラムは中1~高3を対象とする数学、国語、地理、歴史、公民、生物、化学、物理、英文法、日本語小論文などです。さらにTOEFLやSATの受験指導を日本語で行うReadingやWritingのクラスも加えました。
《初等教育におけるバイリンガル教育》
アフタースクールにおける日本語学習プログラムは既に日本語が確立している中高生が対象でした。従って高度な認知能力を身に付けるための日本語学習が大きな成果につながったことは明白です。しかし、在留子女の中にはもっと若い年齢層の子供達が沢山おります。彼らが抱える問題は中高生が抱える問題と必ずしも同じ性質のものではありません。例えば滞米期間が長引くにつれ母語能力が著しく後退するという現象です。そういう現象を示す子供達はとかく英語学習が中心となっており、その一方で日本語の学習をおざなりにしてきた子供達に共通して見られる現象でした。そういう子供達は何とか英語でコミュニケーションが図れるけれども高度な認知能力が要求される教科学習では英語でも困難を感じていることが多いことに気がつきました。そのような事例が私達の目に留まっただけでなくそういうお子様達を持つ親御さんたちの相談も増えてきました。そこで全日制の学校を設立し初等教育の課程を設けバイリンガル教育という枠組みの中で幼児から小学校低学年の児童を対象として、日本語教育を中心に据えたバイリンガル教育課程に取り組むことになりました。数年間の間に多数の幼児や児童を受け入れてきましたが、もともと日本語の素養を持つ子供達だったので学年相当の学力を身につけるまでさしたる長い時間はかかりませんでした。それと並行して補足的な英語教育も併せて行ないました。いずれの学習プログラムもイマージョン形式です。その結果一度は自信を失った子供達も新しい環境ですっかり自信を取り戻しバランスの取れたバイリンガル能力を身につけ現地校に再び進むかあるいは日本の学校に転編入しております。
《中等教育におけるバイリンガル教育》
バイリンガル教育という枠組みの中で、臨界期の前後にある幼児や児童のいわゆる初等教育の課程では、日本語教育を中心に据えたバイリンガル教育が着実に成果を生み出しました。しかし、臨界期を過ぎた子供達の中には性質の異なる別の問題がありました。それは数年に亘る滞米生活の後、日本に帰国を控えた子供達が抱える問題でした。日本で言えば小学校の高学年から中学生に相当する子供達です。そういう子供達の中にはかなり高度な英語を習得しているにもかかわらず日本語でその実力が十分に発揮できないという悩みがあったのです。しかし、彼らのほとんどは英語学習を通して高い認知能力を身に付けておりますので、日本語でも高度なレベルの日本語学習を重ねれば、知識や能力は双方に転移し日本語の学力も向上すると考えました。そこで全日制の中等教育課程を設け、バイリンガル教育という枠組みの中で、専門性の高い日本語教育に取り組みました。その結果英語で培われた学力は日本語でも発揮できるということを実証することができたのです。その証拠に日本で開発され、当学院が定期的に実施してきた学力テストでも受験者の多くが上位10〜20%に入っております。そして彼らは日本でも指折りの一流校や超難関といわれる中学や高校に進学を果たしております。
《補習校におけるバイリンガル教育》
在留邦人が多数いる地域には必ずと言っていいほど日本語補習校が存在します。長年に亘りその補習学校が在留邦人子女教育に果たしてきた役割はいくら強調しても強調しすぎることはありません。また同じ教育者として補習学校を設立し運営されている関係者の皆様のご尽力に対しては心から敬意を表したいと思います。
しかし、アメリカで生まれアメリカで育った当学院独自の観点から、土曜日に行なわれる補習校のあり方を考える時、伝統的な補習学校のあり方を尊重しながらも、理念的に異なる教育施設の必要性を痛感し、新たな土曜補習校の設置に至りました。また、既存の補習学校との競合を避けるために、あえて差別化に力を入れました。そこで打ち出した方針は、日本の教育思想やシステムをそのまま持ち込まない、限られた時間内に効率と効果を追求する目的で専門性の高い教育を目指す、そして発達段階によって異なる諸問題にきめ細かに対応し、現地校における様々な教科学習を尊重し、それらを視野に入れたバイリンガル教育を実施する、ということでした。
土曜日の補習校は4〜5年間に亘り長期的な教育計画の立案及び実施が可能です。しかし現地校における英語との接触時間に比べたら日本語との接触時間ははるかに少ないという問題を抱えております。そこで圧倒的に長い現地校の教育内容や学習内容を正当に評価し、それを補完するための補習校という位置づけをしております。そうすることで現地校と補習校の組み合わせによるバイリンガル教育という枠組みの中で新たな可能性を追求する試みが始まりました。
幼稚部から高等部に至るまで13学年制を取るコービィ国際補習校はそれぞれの発達段階に応じてそれぞれ異なる以下のような教育方針の下で運営されております。
幼稚部では日本語を継承語として位置づけ、早い段階から圧倒的に優勢な英語に負けない母語能力の育成を目的として、日本におけるよりも早い段階からより体系的な日本語教育と教科学習に力を入れます。
初等部では日本語の運用能力を高め、自ら考え判断することのできる能力の育成を目指します。算数と国語を中心とする教科学習に加え、人々を取り巻く社会や自然に対する興味や関心を高めるための授業も併せて学びます。
中等部では論理的に思考し判断することのできる能力の育成を目指します。さらに高度な問題解決能力を培うために演習を中心とした授業を行ないます。伝統的な国語、数学、理科、社会という教科学習に加え、英語の文法も併せて学びます。(アメリカでは英文法は教えないという俗説が浸透しているようですが、日本の中学高校で扱う文法事項のほとんどはElementary
Schoolで教えられております。)
高等部では思考訓練を重視した教育を行ないます。その高等部を支える三つの柱は、英語推論、日本語推論(現代国語)、そして数学推論です。いすれも必修科目ですが、推論能力の育成を目指すという共通点があります。さらに英語推論のクラスではTOEFLやSATの過去問を教材として使います。英語の文章を日本語に翻訳しながら内容理解に努めます。
《教育の効率と効果》
当学院では、創立以来一貫して、バイリンガル教育という枠組みの中で日本語教育のあり方を追求し続けてきました。それと同時に、子供達の言語習得状況や学力が時間の経過とともにどのような変遷をするのかを客観的に把握する目的で、日本から取り寄せた学力テストを定期的に実施しております。対象は小学1年生から中学3年生までです。それぞれの発達段階にある子供達が来米のタイミング(年齢、学年、母語の発達段階など)や滞米期間との関連で日本語の学力がどう推移していくかが手に取るように分かります。世間一般には滞米期間が長引くにつれて日本語の学力は低下するという考え方が根強く残っているようですが、それは絶対的に時間の少ない日本語教育を日本の教育の絶対時間数と単純に比較して導き出される誤解であると思われます。なぜならば過去のデータを遡って調べてみると、それを論駁するデータも少なくないからです。現地校における学習の成果と時間的には圧倒的に少ない補足的な日本語学習の組み合わせをバイリンガル教育という観点からトータルで捉えてみると二言語を通して行なわれる学習効果が相乗的な効果を生みだしているということをはっきりと読み取ることができます。
さらに当学院では英語能力の測定と学力を客観的に把握する目的でTOEFLとSATのスコアを時系列的に追跡調査してきました。それを見ると来米後3〜4年の段階でスコアは急速に伸び始めるということがはっきり読み取れます。また4〜5年も経つとSATのスコアはアメリカ人の全国平均をはるかに上回る例が少なくありません。それはほとんどのアメリカ人がモノリンガルであるのに対しほとんどの日本人受験者がバイリンガル教育を受けているということと無関係ではないと思います。
高校生を対象とする授業では、バイリンガル教育の一環として翻訳手法を取り入れております。即ちTOEFLやSATの過去問の中から読解用の長文を選び出し、かなり難解な語彙や表現を含むだけでなく、複雑な構成内容を持つ文章を日本語に翻訳しながら内容理解を深めるというやり方です。まず最初に英文の内容をそのまま理解するよう努めるのは当然のことですが、難度が高い文章の場合にはおおまかな文脈はなんとか掴めても、困難を極める難解な語彙や表現に阻まれて、文章全体の理解が妨げられることも少なくありません。そこで細部を徹底的に調べ日本語に翻訳しようとする際に難解な英語表現に相当する日本語の語彙や表現が不足していることに気がつきます。ましてや英文の微妙なニュアンスまで訳出しようとしたらかなり高度な思考訓練を余儀なくされます。その過程でほぼ無意識のうちに行なわれる日英両語による思考訓練が高度の認知力を生み出すと考えております。その結果、日本語による内容理解が英文の内容理解にも転移し再び英文に戻った時その内容理解が日本語を媒介しなかった時よりもはるかに深まります。それが実際にTOEFLやSATのスコアを大幅に押し上げる要因であると考えております。
《今後の展望》
現在の段階では当学院のバイリンガル教育の枠内で行う日本語教育も試行錯誤を続けているに過ぎません。今後も客観的なデータを集め皆様に信頼される教育施設となるために最善の努力を続けて行きます。
★以上の拙文は、1993年以来手探りの状態で実践してきた当学院独自のバイリンガル教育を概観したものですが、随所でバイリンガル教育の第一人者であるトロント大学のJim
Cumins 教授が唱える「二言語相互依存学説」を参照させていただいたことを付記しておきます。